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2018.06.15

もげ(方言?)思考。(きょうこ)

 

 

もうしばらく前のことになるのでしょうか。

 

「ていねいな暮らし」という言葉が、
メディアで使われるようになったのは。

 

「おしゃれな」でもなく、「素敵な」でもなく。

そうきましたか。

それまでになかった言葉のチョイスに、
なるほどなあと感心したことを覚えています。

 

 

 

 

 

 

そして今。

「ていねいな暮らし」のメディアでの扱われ方は、
少し様子が変わったように思うのです。

 

 

例えば「ナチュラル系の洋服」とか。
あるいは「北欧風インテリア」とか。

特定のカテゴリーをさらに細かく区分するための、
わかりやすい言葉。

そういう言葉になってしまっている場合がある。
と、じわり感じております。

 

 

 

100人いれば、100通りの暮らしがあります。

そして日々求める「ていねい」は、
とっても個人的なことであろうと思います。

暮らしにおいて、何を大切に思うかは人それぞれですから。

 

当初雑誌などで紹介される「ていねいな暮らし」は、
そのあたりがきちんと表現されていたように感じます。

その方にとっての、ていねいな暮らし。

 

 

 

 

 

私は生活提案の雑誌や本を読むのが好きです。

実際に生活されているお宅のインテリアの様子とか、
生活道具やらなんやら。
お掃除の仕方とか、台所仕事。
細々した暮らしのあれこれ。
ふむふむと興味をもって、ページをめくります。

そこに「ていねいな暮らし」という言葉がぽんっと登場すると、
なんだかもやんとするようになってしまいました。

言葉の意味が固定化されてしまっているように感じて、
ちょっと違和感・・・。

ともすれば、
「ていねいな暮らし」のためにはこうあるべき!
みたいな印象を抱いてしまう文章にあたってしまうことも。

いやいやいやいや。
そんなもんじゃないと思うぞ。

私なんてへそ曲がりですから。
素直にそうかそうかと受け入れることが、できないのでした。

 

そもそも紙面で紹介されている方々は、
「私はていねいに暮らしています。」なんて、
これっぽちも思っていないのでは。
みなさんご自分にとって、
心地良く過ごせるテクニックを駆使したり、
時間の使い方をしているのにすぎない。
そんなスタンスに思えます。

結果、その方にとっての「ていねいな暮らし」であって、
それはあくまでもごくごく個人的なこと。
昨今の画一的な「ていねいな暮らし」推しとは、
別ものでありましょう。

 

梅仕事をしなくても。
常備菜が冷蔵庫に入ってなくても。
すみずみまできっちりお掃除しなくても。
時間をかけてお茶を淹れなくても。

自分の心がととのう何かに費やす時間が日々あるのなら、
それはその人の「ていねいな暮らし」なんじゃないかなあ。
と、思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

家中に置いた紫陽花も、
そろそろ花びらが茶色になったり。
少しでも長く楽しみたいので、
傷んだところを除いて小さな房に分けました。
茎がないので、
口が広い小さな器にちょこちょこ活けて飾ります。

 

 

ガラスボウルにはどさっと。

 

 

 

 

 

 

お灸始めました。
シールでぺたんと貼れるお手軽なの。
血行良くなりたいんですけど、
さてどうでしょう。
初心者向きのからこわごわやってみたのですが、
もうちょっと強いのでもよかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

台所の黒いトリオ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今朝も熱心に日焼け活動しておりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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